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「健康、心、薬」 佐藤 哲男氏 (千葉大学名誉教授、薬学博士)

平成25年度新屋郷土会総会で、秋田市出身の千葉大学名誉教授、薬学博士 佐藤 哲男氏より、「知っておきたい薬の常識」と題しての講演がありました。
このご縁で当ホームページにて「健康、心、薬」と題して、おおよそ2週間毎、1話から30話まで佐藤先生の連載記事を掲載させていただくことになりました。
あわせて、新屋郷土会での講演「知っておきたい薬の常識」を掲載します。

工藤宣雄

佐藤 哲男氏(2013/01/26 新屋郷土会での講演にて)

佐藤 哲男氏 略歴
昭和6年秋田市楢山生、秋田市立高(現在秋田中央高)卒業、北海道大学大学院薬学研究科博士課程修了(薬学博士)、米国シカゴ大学客員教授。現在、千葉大学名誉教授、昭和大学客員教授、内閣府認証HAB研究機構名誉会長、米国毒性学会名誉会員。






第29話で連載終了となりました。佐藤先生 貴重なお話しありがとうございました。



知っておきたい薬の常識 

薬の安全な使い方

風邪で病院へ行くと、解熱剤、胃腸剤、鎮咳薬(咳止め)、抗生物質、去痰剤(痰を出す薬)、抗アレルギー薬、などなど、多い人は10種類以上もの薬が処方されます。昔の医者は、風邪にはアスピリンと胃腸薬くらいでした。医者が何でも出したがる傾向がありますが、一方で、患者の中には、病院で診察を受けたとき、「今日は薬は必要ありませんよ」という医者よりも、薬を処方してくれる医者の方がより親切で信頼がおける様に感じる人が少なくないからです。患者にとって本当に大切なことは、「必要な薬を必要な回数」服用することです。

薬を使うとき誰でも気にするのは副作用です。最近は病院や調剤薬局で薬を患者に渡すときに簡単な「説明書」がついてきます。これらの説明書には薬の効能、副作用など、その薬に関する情報が書かれています。「薬は多く飲む程効き目が大きい」と考えたら大間違いです。決められた量以上の薬を飲むと、効果は同じで副作用、毒性が強く現れるだけです。

私がこれまで年4ー5回講演していますが、それらのときにたびたび出された質問について解説します。

  1. 質問1:薬を飲む時間は正確に決められていますか。
  2. 回答最近の薬は一日一回のものが多くなりましたが、それでも一日3回のものもあります。もし、一日3回、食後30分服用となっているとき、もし朝食または昼食(または夕食)を取らない場合でも、その時間になったら一日3回は飲んだ方がよいです。これにより、治療に必要な薬の血中濃度が保たれて効き目が持続します。30分というのは一応の目安ですので、10-20分でも大きな違いはありません。
  3. 質問 2:一日一回服用する薬は、何時に飲んだらよいですか。
  4. 回答:同じ薬でも、昔は一日3回服用だったものが、最近では一日1回でよい錠剤またはカプセル剤が増えています。この様な剤形を一般に「徐放剤」といいます。錠剤またはカプセル剤の材質を改良することにより、同じ薬でも、錠剤から徐々に有効成分が放出されて、必要な血中濃度を長時間維持する様に工夫されたものです。したがって、一日1回の薬は、24時間間隔で、毎日ほぼ同じ時間に飲む様にすれば、有効血中濃度を保つことが出来ます。もし、1回忘れて飲まなければ、初回のときと同じく、必要な血中濃度に達するまで時間がかかります。
  5. 質問 3:食前または食後服用の薬はその通りに飲まないと効きませんか。
  6. 回答:多くの薬は食後服用です。これは薬による胃障害を防ぐからです。しかし、食前服用と決められている薬は、食後ではなく食前に飲まないと効果がありません。例えば、糖尿病治療薬のアルファ(α)-グルコシダーゼ阻害薬のアカルボース(商品名:グルコバイ(バイエル社)、ベイスンOD(武田薬品)は、食前に薬を投与して、食事から摂取される糖分の吸収を遅らせる作用があります。したがって、食後服用では効果がありません。よくわからないときは医師や薬剤師と相談して下さい。
  7. 質問4:コレステロールが高いので長年薬を飲んでいますが、何時に飲んだらよいですか.また副作用はないですか。
  8. 回答:我々の身体の中のコレステロールの8割は体内で作られます。その原料になるのは脂肪分です。残りの2割が食物から摂取されます。コレステロールは体内で夜間に作られるので、一日一回飲むコレステロール低下薬(例えばメバロチン)の場合は、夜の食事の後、または就寝前に飲むと効きます。メバロチンは肝臓障害、横紋筋融解症や筋肉痛などの副作用が知られていまが、1ヶ月飲んで症状が出なければ大丈夫です。
  9. 質問5: 薬には使用期限がありますか。
  10. 回答:あります。最近の薬には箱や容器に有効期限が書いてあります。出来るだけ、直射日光のあたらないところや湿気の少ないところに保管して下さい。真夏の暑いときには家庭の冷蔵庫など冷暗所が最もよいですが、この場合は食品とはっきり区別出来る様にして下さい。病院では、保険適用の関係で薬の種類や病名により処方出来る期限(最大30日分、60日分、90日分など)が決められています。その範囲でしたら、受け取るときに特別な注意がない限り、室温でも大丈夫です。
  11. 質問6:薬をアルコール飲料と一緒に飲んではいけないでしょうか。
  12. 回答:絶対に避けるべきです。アルコールは血管を拡張するので血液の流れが速くなり、身体に取り込まれる薬の量が、アルコールのないときに比べて極端に多くなります。そのため、血液中の薬の量が予想以上に高くなります。多くの薬は主に小腸から吸収されます。しかし、アルコールは胃から吸収されるので、それと一緒に飲んだ薬もアルコールと共に胃から吸収されて血中の量が増えます。さらに、アルコールは脳に作用しますので、抗不安薬や催眠薬などをアルコールと一緒に飲むと、作用が強まり、2−3倍の量を飲んだと同じ結果になるので止めて下さい。アルコール飲料を飲む2時間前、飲んでから2時間は薬を飲まないで下さい。アルコールに弱い人は、薬との間隔が5−6時間は必要です。
  13. 質問 7:薬は水で飲まないと駄目ですか。
  14. 回答:出来るだけ水かぬるま湯がよいです。もし、手元にないときは、お茶でもよいです。ただし、血圧降下薬のアムロジン(大日本住友製薬)、ペルジピン(アステラス製薬)、アダラート(バイエル薬品)や、アレルギー性鼻炎薬テルフエナジンは、グレープフルーツジュースでは飲まない方がよいです。ジュースを作るときにミキサーで粉砕すると、小さい袋が破れてその中の成分が飲み合わせを起こします。したがって、グレープフルーツそのままの果物は問題ありません。また、オレンジジュースは大丈夫です。飲み合わせの結果、副作用(動悸、吐き気、血圧低下;眠気、肝臓障害)がみられることがあります。どうしてもグレープフルーツを飲みたいときには、薬と2時間の間隔を空ければ大丈夫です。
  15. 質問 8:胃の薬を飲むとのどが渇くのはどうしてですか。
  16. 回答:この種の薬の中には、唾液の分泌を抑える成分が含まれているので喉が渇くのです。しかし心配はいりません。時間が経つと正常に戻ります。
  17. 質問9:風邪薬を飲むと眠くなるのはどうしてですか。
  18. 回答:市販の風邪薬の中には抗ヒスタミン薬が入っているので、これを飲むと鼻、喉、眼に作用してアレルギーを押さえます。同時に脳にも作用します。脳からはヒスタミンが出て意識をたもっているので、それが薬により遮られるから眠くなるのです。
  19. 質問10:高齢者は薬の副作用がでやすいそうですが本当ですか。
  20. 回答:加齢とともに腎臓や肝臓の働きが落ちるので、薬がいつまでも身体に残り副作用が出る事があります。例えば睡眠導入剤を飲んで翌朝頭がフラフラするときは、医師に相談して量を減らすか他の薬を出して貰う方がよいです。また、年をとると誰でも物忘れを経験します。しかし安心して下さい。多くの物忘れは単なる加齢によるもので病気ではありません。ヒトの名前を思え出せなかったり、前日の夜に何を食べたか思い出せないくらいは正常範囲内です。食べたかどうかを思い出せないときは危険です。


連載を始めるにあたって

私の母は新屋の森川家で生まれ、森川源三郎の曾孫に当たります。私は幼稚園のころから母に連れられて頻繁に森川家に遊びに行きました。新屋は私にとって第二の故郷の様なものです(詳細は新屋郷土会ホームページに掲載の 「労農森川源三郎と私」をご覧下さい)

この度、新屋郷土会のホームページに拙文「健康、心、薬」を連載することになりました。健康に関する情報がメディアを 通して街に溢れています。中にはかなりいかがわしいものもあり、一般市民はそれに振り回されています。本連載では、健康、加齢、薬に関する多くの身近な情報の中から、出来るだけ科学的に根拠のあるものだけをとりあげました。

佐藤 哲男

第1話 あなたは厄年を信じますか

2010年7月26日の厚生労働省の発表によると、日本の平均寿命は、男性79.59歳で世界第五位、女性は86.44歳で過去25年間連続世界第一位です。これは肺炎や心臓病による死亡が減少したことと、幼児の死亡率が昔に比べて極端に少なくなったことなどによります。また、食生活が格段と改善し、食べ物の種類が豊富で何でも希望すれば手に入る時代になったからです。

高齢になると新年の感動が薄れてきます。テレビで大晦日の夜に除夜の鐘を聞いて年があらたまっても、それが10月31日から11月1日に月が変わったと同じ程度のことで、特に大きな感動がないのは高齢になったせいでしょうか。10年程前、正月に神社のおみくじ売場で「70歳代の厄年は何歳ですか」と聞いたら、「60歳を過ぎると毎年が厄年ですよ」といわれて心から納得した記憶があります。 ところであなたは厄年を信じますか。男性では、25、42、61歳、女性では19、33、37歳が厄年で、中でも男性の42歳、女性の33歳は大厄と呼ばれています。いずれの厄年にもその前後1年間は前厄(厄の前兆が現れるとされる年)・後厄(厄のおそれが薄らいでいくとされる年)で、本厄と同様に注意すべきとされています。地域や宗派などによっては61歳(数え年)の還暦を男女共通の厄年とする場合もあります。

これらの年齢はすべて数え年です。若い年齢層の中には「数え年」を知らない人もいると思います。厄年を数える場合、数え年では、誕生日前の人は +2歳、誕生日を迎えている場合は +1歳を足して計算します。「満年齢」に関する法律として、約100年前に『年齢計算ニ関スル法律』が制定されました。しかし、国民は数え年に慣れていたために満年齢を拒否し、そのまま数え年を使い続けていました。そこで、国では1950年1月1日に再度『年齢のとなえ方に関する法律』を施行して、満年齢を守る事が義務付けました。こうして、生後1年に満たない子供は○ヶ月と数えられるようになったのです。これにより、生まれた年を0歳、はじめての誕生日を迎えて1歳と数えますが、 一方、数え年は母の胎内から出たそのときを1歳と数えます。ですから、1年たってはじめての誕生日を迎えたときには2歳ということです。現在、この数え年で数えるのは、法事などの年忌のときや、七五三、古希、喜寿のお祝いなどのときのみで、ほとんどが満年齢で数えるようになりました。還暦は生まれたときの干支に還るお祝いで、長寿を祝うものです。しかし、元々還暦、喜寿、古希は厄年とされ、おめでたいこととして祝うのではなく、祝うことによってめでたくすると言う意味が込められていました。それがいつからか、お祝いだけが意識されるようになったのです。

厄年は陰陽道に起源があると考えられていますが明らかではありません。また、医学的にも詳細な統計や確かな証拠がないので単なる迷信ともいわれています。しかし、本厄の年令の頃に身体の不調を経験する人が少なくありません。女性の場合は、体調と本厄の関係が男性に比べてはっきりしています。19歳の厄年はちょうど卵巣の機能が安定する頃で、妊娠機能が整います。次にピークを迎えるのが33歳の大厄の頃です。この年齢では、子育てで大変な思いをしている母親が多い筈です。次の厄年にあたる37歳は、女性特有の乳がんや子宮がんなどが見つかる年齢です。こうしてみると、体の変化に伴って、厄年がやってくるのが分かります。「厄落とし」の意味も込めて、厄年の時には健康診断をお勧めします。

男性の場合、人生50年といわれていた頃の42歳と言えば、もう晩年を迎えた年齢でした。高齢ですので体のあちこちに不調が出て来る頃です。現在の40歳代はもっとも油が乗っている頃で、仕事に追われてストレスまみれの多忙な毎日です。中でも職場で他人に気を遣い過ぎる人は、神経がくたくたに疲れて、それが42歳の大厄として表れます。一般に、ストレスを強く感じて体をこわす人は真面目で几帳面な人です。「この辺で止めておこう」と、たまには手抜きをしてストレスを溜めないことが必要です。さらに、定年になって、それまでの時間に追われた生活のストレスから解放されると、それまでの規則正しい生活のリズムが狂い、毎日が日曜日の生活になります。定年を境に生活のリズムが変わると身体のリズムも狂い始めます。これが60歳を過ぎたら毎年が厄年といわれる理由です。

300年前、1712年に江戸時代の儒学者貝原益軒は「養生訓」を世に出しました。彼が83歳のときです。その2年後に天寿を全うしています。彼は「養生訓」の中で、「生まれつきからだが丈夫な人でも、養生しなければ生まれつき体の弱い人よりも早死する。長生きで健康でいるためには、少し臆病な方がよい」と言っています。年をとったら、他人に迷惑をかけない程度に多少わがままな生活をおくる方が健康によいです。何事も無理をせずに自分のペースで進むことが肝要です。これは心の老化防止にもなり、ひいてはからだの老化を防ぐことにもなります。




第2話 健康番組のウソ・ホント

最近テレビの健康番組には大学教授という肩書の人々が多く出演し、勝手な意見を述べています。視聴者の多くは素人ですので、その内容を100パーセント信じ込み、家族や友人にそれを伝えます。インターネットで瞬時に世界中に交信できるこの時代に、テレビの耳新しい情報はまたたく間に全国に広がります。その結果、テレビの中で健康によいといわれた品物は、数時間のうちにスーパーの棚から消え、店はその対応に追われます。テレビ局は「いかにして視聴率をあげるか」が至上命令です。したがって、「視聴率さえかせげれば何をやってもよい」という雰囲気が生まれ、その結果、やらせが横行し、視聴者に見破られない様に物語を巧妙に作り上げます。

健康番組以外に娯楽番組の中でも、「医学博士」や「○○大学教授」という人々が健康情報を語っています。番組のスタッフがその内容を検証することは殆どないでしょうから、番組の中では権威者のいうままに放映されます。したがって、その内容にウソがあっても、それはテレビ局の落ち度ではなく、偉い先生の責任です。ご記憶の人も多いと思いますが、かつてNHKで放映された「納豆ダイエット」の番組がありました。納豆を食べるとダイエットに効くということで、その動物実験のデータなどを紹介しました。翌日はスーパーの店頭から納豆が姿を消したという騒動です。しかし、間もなくそれはねつ造だった事が判明しました。視聴率をとるための現場担当者のプレッシャーの落ち着く先がこういう結果になったのです。

健康になりたいばっかりに健康食品を食べて、その副作用で病院にかつぎ込まれることがあります。初めて新しい健康食品を食べたり、飲んだりして、少しでも体調が変だと思ったら直ぐ中止することが肝要です。食品も添加物も同じですが、身体に害を及ぼすためには、それなりの量が必要です。昔「焼き焦げで癌になる」ということが高名な癌研究者から発表されました。それは魚の焼きこげの中に発癌性物質を発見したからです。しかし、それは研究室での試験結果で、家庭で焼き焦げによる癌を作るためには、焼いたサンマを毎日20匹程1週間も続けて食べない限り癌にはなりません。しかも、今日食べて翌日癌になるというものではなく、一般には、正常な細胞が癌細胞に変わるためには20年かかります。

試験管内での結果をいきなり人に当てはめると大変な誤りをおかすことがあります。何故か。その主な理由は、試験管の中には解毒の仕組みがないが、身体の中には強力な仕組みが備わっているからです。試験管内の実験結果と、身体の中の反応とは同じではないのです。テレビでは、専門家と称する人が、試験管内と身体の中の現象が同じであるとして毒性を説明するので、視聴者は極端に不安になるのです。お茶に含まれるカテキンを実験用ネズミに投与したら発癌性がみられたとの報告もあります。しかし、発癌性の試験に使った量は、普通皆さんが飲むお茶の40倍も濃いものです。したがって、普通にお茶を飲んだからといってすぐに癌が出来るわけではありません。

サンマとカテキンの例から分かる様に、毒性は量によって決まるのです。薬の副作用も同じです。決められた量を越えて飲むと危険な状態になることがあります。健康番組に出演している専門家は、量を全く無視して、「この物質は危険です」、或は「この食品は健康によいです」といいます。これを見た視聴者は何もかも危ないもの、逆に、必ず身体によいものと判断します。テレビで、「この食品は血圧を下げます」といっても、それが動物実験や試験管内での結果だったら、人でも同じという保証はありません。

医薬品の場合は、患者を用いた臨床試験の結果に基づいて厚労省が承認しますので、その薬の効き目や副作用を示す量が決められています。しかし、一般の健康食品の場合は、患者を対象にした試験は義務づけられていません。つまり、業者が勝手に広告を出して宣伝することが出来るのです。ただし、「○○の病気に効く」と表示したら、薬事法違反ですので、業者はその規制の間を縫う様に巧妙な表現でそれを宣伝します。テレビでの宣伝や健康番組の中で、健康食品が「身体によい」、「身体の不調が治った」などの説明があったとしても、それは動物での試験かもしれません。その情報を信じて飲んで何も効かなかった場合はそれを購入した金銭的な損だけで済みますが、もしそれを飲んで身体を壊したり、具合が悪くなったりしたら取り返しがつかない損失です。健康番組の中の情報には直ぐには飛びつかない方が賢明です。




第3話 ノロウイルスによる急性胃腸炎

毎年秋から冬にかけて激しい嘔吐、下痢などの症状を示す感染性胃腸炎が流行しますが、その多くはノロウイルス、ロタウイルスなどによるウイルス感染が原因です。保育所、幼稚園、小学校などの小児や、病院、老人ホーム、福祉施設などの成人で集団発生がみられることがあります。感染力が非常に強いので、汚染された物の表面(ドアノブ、手すりなど)を触った手などから口に入り感染します。

潜伏期間は約2日で、激しい嘔吐(1日5-6回)や米のとぎ汁のような白色の下痢便が特徴です。現在、ノロウイルスの特効薬はありません。したがって、脱水症状を防ぐため、市販のスポーツ飲料などで水分を補給することが必要です。下痢止めの薬を使うと、ウイルスが体内に溜まってかえって病気の回復を遅らせることがあります。

予防方法としては、食事前やトイレの後などに石けんでしっかりと手を洗うことが大切です。また、患者の便や嘔吐物には大量のウイルスが含まれていますので、その処理には十分注意する必要があります。下痢の症状がなくなっても、患者の便にはしばらくウイルスが排出されますので、症状が治まっても安心はできません。汚物を処理する際には使い捨ての手袋を使用し、用便後や調理前の手洗いを徹底することです。

消毒、殺菌の方法としては、熱湯あるいは市販の塩素系漂白剤(通常は5から10パーセントの次亜塩素酸ナトリウム)を使います。その場合は、原液10ミリリットルに水1リットルを加えて薄めます。アルコールや逆性石鹸はあまり殺菌効果はありません。調理器具、おもちゃ、衣類、タオルなどは熱湯(85℃以上)で1分以上加熱するとウイルスは死にます。




第4話 健康食品とサプリメントは食物ではない

世の中には「健康食品」や「サプリメント」が氾濫しています。「健康食品」は、普通の食品よりも「健康によい」と称して販売している食品です。また、「サプリメント」は、本来は「補給」を意味するものですが、最近では栄養補助食品、健康補助食品の意味で使われています。ビタミンCは食生活の中で食物から摂取していますが、これを一日500ミリグラム以上摂取すると風邪にかかり憎くなると言われて、サプリメントで補給している人がいます。繰り返しますが、サプリメントは食事によって十分に摂り切れない栄養素を補うための補助食品です。したがって、サプリメントだけで毎日の食事の代わりになるものではありません。ごはんの代わりに健康食品の錠剤を何十種類も摂っている人がいますが、これはサプリメントの間違った使い方です。これが続くと栄養のバランスが崩れ、健康被害のもとになります。サプリメントに似た言葉として、「機能性食品」、「マルチビタミン」、「特定保健用食品(特ホ)」、「栄養強化食品」などがあります。特ホは、その効き目について一定のデータを国に提出して承認を得たものですので、一般の健康食品よりはその品質、副作用などは心配しなくてよいものです。

サプリメントや健康食品は安全だと考えているでしょうが、決してそんな事はありません。薬ほどではないにしても、必要以上に摂ると何らかの副作用は表れます。あくまでも食品を補うためのもので、食事の代わりに食するものではありません。ところが、驚く事に、最近ではダイエットと称して、サプリメントを主食の代わりにしている人が少なくないのです。サプリメントや一般の健康食品は国に申請して承認されたものではなく、業者が自由に製造して販売しているので、万が一毒性や副作用が生じても国には責任はありません。また、最近ではポリフェノールやカロテノイドなどが人気です。体内の活性酸素の毒性を消すのが目的ということです。たしかに過剰の活性酸素は体にとっては毒ですが、活性酸素は体内に侵入した細菌やウイルスを殺すために白血球が作り出す物質ですので、からだの機能を守るために必要なものです。身体の中には、活性酸素が過剰に増えたときには、それを分解する酵素がありますので心配いりません。わざわざサプリメントを摂る必要がないのです。

サプリメントは適量を摂取していれば問題ないですが、「正しい取り方」を知らずに過剰摂取すると思わぬ弊害が出ます。次に、最近よく使われているサプリについて述べます。
1)ビタミンA
 ビタミンA(レチノール)も使い方によって危険なサプリメントの一つです。ビタミンAが不足すると粘膜が乾燥しやすくなり、目が乾き、肌がかさかさになります。しかし、ビタミンAを摂り過ぎると,頭痛、めまい、吐き気、嘔吐などの中毒症状をおこすことがあります。また、ビタミンAを過剰に投与すると発がん性があることは動物実験で証明されています。ちなみに、ビタミンの中で、A,D,E,Kは脂溶性ビタミンといい、過剰に摂ると体内に蓄積します。それに対して、B1, B2, B6, Cなどは水溶性なので、多少過剰に摂っても尿中に排泄されます。
2) 大豆イソフラボン
 大豆イソフラボンは、その化学的性質が女性ホルモンのエストロゲンに似ている事から、骨粗鬆症や更年期障害を和らげる効果があることがよく知られています。しかし、過剰に摂取すると乳がんの危険性があります。日常の食事で安全な上限は、一日当たり30mgと決まっています。内閣府の食品安全委員会では、妊婦、胎児、乳幼児がサプリメントなどで大豆イソフラボンを摂ることは推奨できないとしています。
3)イチョウ葉食品
 イチョウ葉エキスは、脳や手足の血液循環が悪い人によい効果があるといわれています。しかし、市販されているエキスの中には、製造の過程で不純物が完全に取り除かれていないものもあり、そのために多くの健康被害が報告されています。その原因物質はイチョウ葉に大量に含まれるギンコール酸です。この物質はアレルギーを引き起こす事が知られており、エキスの中に残っていると皮膚の炎症や下痢、吐き気などの症状がでることがあります。 があります。

サプリメントや健康食品は、高齢者や肝機能、腎機能が低下している人はその危険度が大きいので使用を控えた方がよいでしょう。マスメジアの情報には「誇大広告」がつきものですので、専門家の意見を聞くなど正確な情報を集めて結論を出すべきです。




第5話 気がつかない薬の副作用—あなたは大丈夫ですかー

薬は病気を治すために使うものですが、使い方を間違うととんでもない作用が表れることがあります。これが「副作用」です。使い方を間違うのは患者だけの責任ではありません。薬を処方した医師の判断が間違っている事もあります。医学部学生の教育は患者の診断、治療が中心で、薬そのものについての講義は決して多くはありません。したがって、多くの医師は、研修医の頃に覚えた知識とか、一人前になって外来で毎日患者を診察した経験に基づいて薬を処方することが多いのです。または、何十年間多くの患者と接している先輩医師のアドバイスや、研究会、学会、製薬企業の営業マンの説明などから、自分の専門領域で日常使われる薬について習得するのです。同じ病気でも使う薬は主治医や病院により異なる事が少なくありません。その理由は、患者を診察したときの医師の経験や判断が異なるからです。

それでは、副作用を避けるにはどうしたらよいでしょうか。患者側のやるべきことは、処方された薬について決められた回数(1日3回、食後など)、決められた量を飲む事です。1日1回の場合は、毎日ほぼ同じ時間に飲むとよいです。もし食事を摂らないときでも、その時間になったら薬を飲む事です。もし2−3日飲んで身体に異常がなければ、処方した薬の用法(回数)、用量(投与量)が患者に合っているということです。もし2—3日飲んで異常を感じたら必ず主治医に伝えて下さい。同じ薬でも患者により効き目や副作用の出方が違います。何も伝えないと医師は「処方した薬が順調に効いている」と判断します。医師側から「薬が効いていますか」と聞く事は極めて限られています。医師は薬を処方しますが、若い医師ほど自分が処方した薬が効いているかどうかと内心では落ち着かない状態の場合が多いのです。したがって、薬を飲んだときには、身体の調子がよくなっても、悪くなっても医師に伝えると安心します。医師はたとえ自信がないことでも、「多分そうでしょう」と言う曖昧な事は言わずに、「それはこうゆうことです」と言い切る様に患者に伝えます。もし、薬についての質問や疑問を医師に聞くのが苦手な人は、薬を受け取った薬局の薬剤師に相談して下さい。薬剤師は医師よりは薬の専門家ですから遠慮する事はありません。それは薬剤師の仕事です。

一方で、患者がいくら決められた量を決められた通りに飲んでも副作用が出ることがあります。その原因の一つは、医師の不適切な処方です。先日、私の友人Aさんから貴重な体験談を聞きました。高齢者の男性に多く見られる前立腺肥大で、「フリバス」という排尿障害を改善する薬を投与されました。この薬は症状により投与量を変えるために、量の違う25ミリグラムと50ミリグラムの2種類の錠剤が病院で使われています。Aさんに処方されたのは、最初25ミリ一錠でしたが、次週から2週間は50ミリ一錠に増加し、さらに2ヶ月後には75ミリ(25と50を一錠ずつ)を一年以上飲んだそうです。75ミリに増量してしばらく経った頃に、めまい、フラフラを感じる様になりました。フリバスの典型的な副作用です。早速医師に体の異常を話して、医師が投与量を25ミリに減らしたらめまいが消えました。もし、Aさんが医師に伝えなかったら、いつまでも高用量のフリバスが投与され、めまいに悩まされたかもしれません。

薬は適量を飲んで初めて病気を治す働きがあるので、多い程効き目が強くなることはありません。決められた量より多く飲むと、効果は同じで副作用だけが強く表れます。一般に、効果が強い薬ほど副作用も強いのです。睡眠導入剤のデパスは、それまで使われていた同類の薬の7−8倍効果が強い上に安全な薬と定評がありました。しかし、全国で何百万人もの患者が飲むようになったため、これまで知られていなかった副作用が指摘されています。飲んだ翌日頭がぼんやりするとか、瞼が垂れてきて目を開ける事が苦痛になるとか、目の周りの筋肉が収縮して、目を開いているのが苦痛であるとか、様々な症状が最近専門医から報告されています。不眠症の人が睡眠剤で快適な眠りが得られれば、これは「理想的」です。しかし、翌日まで眠気が残ったり、頭がぼんやりして仕事中に居眠りが続くようなら、これは薬の「副作用」といえます。この様な副作用がみられる場合でも、患者から言い出さない限り、医師は順調に効いていると判断します。繰り返しますが、患者は薬を飲んで少しでも具合が悪くなったと思ったら遠慮なく医師に言うことが必要です。さもないと、その薬が処方されている限り副作用は続き、場合によってはさらに悪化することがあります。薬は諸刃の剣です。使い方を間違うと命取りになる事もありますのでくれぐれもご注意の程。




第6話 高齢者は薬の副作用に敏感

高齢者になると一般に体重が減少し、逆に脂肪が増えます。つまり脂肪分を除いた体重は年とともに減少することになります。男性の場合、体脂肪は18パーセントくらいですが、高齢者になると36パーセントまで増加します。女性の場合は、33パーセントから48パーセントまで増加するといわれています。薬を飲んだとき、体重の減少により体内での薬の広がりの範囲が小さくなりますが、脂肪に溶け易い薬は逆に脂肪に溜まり、体内からの排出が遅くなります。したがって、高齢者では脂肪に溶け易い薬を毎日何年間も飲んでいると、体内に蓄積しやがて副作用が現れることがあります。また、加齢により肝臓や腎臓の働きも弱くなります。食べ物の栄養分や飲み薬は主に小腸で吸収されますが、これも加齢とともに低下します。カルシウムの腸からの吸収も同じです。

また、寝付きが悪い(入眠障害)、夜中にトイレに起きた後目が覚めると寝付かれない(中途睡眠)、朝は外が明るくなる前に目が覚める(早朝睡眠)、などは高齢者であれば誰でも経験することです。しかし、専門医の話では、この程度の睡眠障害は病気ではないそうです。睡眠時間は加齢とともに短くなるのが正常です。若い人は7−8時間ですが高齢者の場合5−6時間で十分です。そうはいっても、眠れないときのイライラは本人でないとわかりません。医師に相談すると睡眠導入剤を処方してくれますが、高齢者の場合は、薬物の投与量を少なくしたり、投与間隔をのばすなどして副作用を防ぎます。

病院や市販の風邪薬を飲むと眠くなるのはなぜでしょうか。その原因は、風邪薬の成分としての抗ヒスタミン薬です。その成分は鼻、喉、眼などに作用して風邪の症状を改善しますが、同時に脳の中にも入って、脳内のヒスタミンの作用にも影響します。脳のヒスタミンは意識を保つのに必要な生体成分ですので、その作用が抗ヒスタミン薬により遮断されると眠くなるのです。

高齢者の中で腎臓、肝臓の悪い人は、薬を飲むときには必ず医師、薬剤師に相談して下さい。




第7話 ジェネリック医薬品時代到来

「ジェネリック医薬品」ってご存知ですか。

最近テレビや新聞などで大きく宣伝されており、某製薬のコマーシャルでもよく知られています。正式には「後発医薬品」といいます。「後発」というと何となく効き目の悪い薬の様に思われますが、國が承認した正真正銘の医薬品です。一般に、病院で使われている薬は「医療用医薬品」といいます。これらの新薬は、国の承認を受けてから20年−25年間は特許で保護されているので、他の製薬会社が同じものを作る事が禁じられています。この様な新薬を「先発医薬品」といいます。つまり、たとえその薬が年間何千億円の売り上げがあるものであっても、特許期間の間は、他の製薬会社が勝手に同じものを製造し販売すると法律違反になります。

そのため、特許が切れるのを待って、同じ効果のある薬をより安価に製造し、販売するのが「ジェネリック医薬品(後発医薬品)」です。どうして安く製造できるのでしょうか。それは新薬開発にかかる膨大な費用と期間が省略出来るからです。新薬(先発品)の開発費用は最近では数百億円から二千億円かかり、その内八割が臨床試験にかかる費用です。すべての試験が終った段階で、厚生労働省に申請し、一年以上かかって厳しい審査を受け、それに合格したもののみが國の承認を受けて市場に出回ることとなります。

それに対して、ジェネリックの場合は、先発品の開発で使われた動物実験や臨床試験のデータを出来るだけ調査して利用し、それにかかる費用、時間を省略する事が出来ます。ジェネリックの申請に必要な試験は、先発品と同量を人に投与したときに、その薬の薬効成分が先発品と同じ量だけ血中に入ったかを証明する試験(生物学的同等性試験)のみです。したがって、この試験が成功すれば、厚生労働省に申請して認可を貰うことができます。現在、国内大手のジェネリック専門企業では、高血圧症、糖尿病、脂質異常症(高脂血症)といった生活習慣病の薬をはじめ、抗アレルギー剤や抗生物質、抗ガン剤など、約440品目にもおよぶジェネリックを生産しています。

2006年一年間に国内で使われた薬の総額(健康保険の薬価から計算)は約4400億円で、その中でジェネリック医薬品が占める割合はわずかに5.7パーセントでした。この割合(ジェネリックの普及率)は國により大きく異なります。米国では63パーセント、英国59パーセント、ドイツでは56パーセント、フランスで39パーセントですが、日本ではわずかに17パーセント程度で欧米先進国に比べて著しく低いのです(二〇〇六年『日本ジェネリック製薬協会』資料による)。その理由の一つとして市場での流通性の問題があります。現在のところ、市場での流通は先発品よりはるかに遅れており、すべての病院や調剤薬局に常備しているとは限りません。その理由の一つは、新薬を製造している製薬企業に比べてジェネリックの会社は、その規模が小さく生産量も少ないので市場では品切れになるおそれがあるからです。

ジェネリック医薬品の市場での流通が少ない理由はほかにもあります。現在市場に流通している「ジェネリック」以外の医薬品は、成分別に分類するとおよそ3000種類あります。さらに、同じ成分でも含有量の違う製品、内服薬、外用剤(貼付剤、軟膏など)といった剤形の違う医薬品を総計すると、約1万品目に達します。街の調剤薬局の場合、在庫出来る新薬の品目数は大きい薬局でもせいぜい2000品目が限度です。そこに同じ成分で同じ剤形の「ジェネリック医薬品」を取り扱うことになると、現在の在庫数の数倍になり、とても在庫管理ができない状態になります。したがって、これ迄使われてきた新薬(先発品)が優先的に在庫されるため、調剤薬局で「ジェネリック医薬品」を入手するには1—2日かかることが多いのです。これがこの種の薬を使うときの欠点です。

2002年にジェネリック医薬品の使用促進が国の方針に取り入れられ、国立病院や大学病院などで使用する推進されました。さらに、2008年4月からは、患者さんがジェネリック医薬品を選択しやすいように処方せん様式が変わりました。これまでは、薬局では医師が処方箋に書いた薬(一般名または商品名)を患者に渡さなければならなかったのですが、今後は医師が処方箋の右下の欄に「後発薬(ジェネリック)の使用不可」と書かない限り、患者が同意すれば医師へ照会しなくとも処方箋に書かれている薬以外で同じ成分であれば別の会社の薬に変更する事ができます。これを「代替(だいたい)調剤」といいます。この場合、代わりに使うことができる薬は、先発医薬品でもジェネリック医薬品でもどちらで選択することができます。

現在、日本の医療費は約33兆円(そのうち薬剤費は約7兆円)で、年々増え続けています。もし、特許が満了した新薬をすべてジェネリック医薬品に替えれば、国の医療費は年間約1兆円節減することが出来ます。國では保険による医療費を節減するためにジェネリックを使う事を奨励しています。効果が同じで安ければ、患者にとっても薬局で払う薬代は安くメリットがあります。したがって、今後は安価な後発医薬品の需要が益々増えることが期待されます。




第8話 五月病、六月病の危機

大学では「五月病(ごがつびょう)」という言葉があります。厳しい受験競争を勝ち抜き、4月に希望の大学に入学を果たした新入生が、入学後に目標を失って無気力に陥る事です。新しい環境への期待があり、やる気はあるものの、新しい生活や環境に適応できないまま、疲れがひどくなる状態です。最近は「六月病」という新入社員などの不安や憂鬱症状を指す言葉も生まれました。これは、長いゴールデンウィークが明けた頃から、理由がよくわからないまま体や心の不調に陥る状態です。医学的には「適応障害」あるいは「うつ病」と診断されています。

多くの大学や会社では、この様な学生や社員のために、相談室や、健康管理センターを設置し、産業医が相談にのっています。一般的な対策としては、気分転換をし、ストレスをためないよう心がけることです。ただし、食事やアルコールに頼りすぎる事は、摂食障害や急性アルコール中毒など、別の問題を引き起こす可能性があるためあまり勧められません。「五月病」、「六月病」は実は医学用語ではありません。つまり病院などで使われる正式な病名ではない。したがって、きちんとした定義もありません。

 「五月病」、「六月病」は何も5月、6月だけに限った話ではありません。人によっては夏休みを終えた9月頃に出ることもあるし、さらに新しい環境の変化がやってくる時期にも見られます。これらの症状は、一般にマジメで几帳面、内向的な人がかかりやすいと言われています。また、症状も「やる気が出ない」「食欲がわかない」といったものから、頭痛や不眠症などの重い症状を呈することもあります。この症状が長引くと「うつ病」へ移行することもありますので、早めに心療内科か精神科を受診して症状が進まないようにすることが大切です。

 大学や職場へ行きたくない原因に心当たりがある場合には、その対策をすると改善されることがあります。行きたくない原因の第一に考えられるのは、「疲れ」です。新しい環境での生活が1ヶ月たった頃に、肉体的・精神的な疲れがたまります。疲れがたまっていると思われるようなら、いつもよりも早く寝るようにしてみたり、栄養のあるものを食べたりして、疲労の回復をはかったほうがよいでしょう。また、精神的疲労が大きい場合には、気分転換をすることです。大学や会社に行きたくない原因が、単に睡眠不足だと思われるのなら、なんとか睡眠時間を増やすように心がけるべきです。「行きたくない」原因が学業や職場での仕事や人間関係などに関する悩みや問題があるからかもしれません。特に、新しい職場(環境)には不安やつらいことがあるものです。また、ほかに様々な問題もあるでしょう。

 それを解決する方法はこうです。うまくいかないのが当たり前、慣れるまでは大変なのは当たり前、なじむまでは気まずいことがあるのは当たり前、どこにでもイヤな人はいるもの、と考えたら気が楽になります。考えてもよくわからない先のことは、「なるようになる」と考えるようにしたほうが気楽でしょう。実際に、「なるようになる」のです。行く気になるもう一つの方法は、会社や学校に何か楽しみを見つけ、それを楽しみにすることができれば、「行きたい」という気持ちも出てくるでしょう。楽しみがあることがわかっていれば、「行ったほうが絶対にいい」と思えるのではないでしょうか。


第9話 スーパーでも薬が買える時代

これまでは、患者さんは病院で診察を受けた後、処方箋によって病院内の薬局か街の調剤薬局で薬を受け取っています。
この様に病院で出された薬を「医療用医薬品」(処方箋薬)と呼びます。これに対して、昔から処方箋なしでも薬局やドラッグストアで購入出来る風邪薬、胃腸薬などがあります。この様な薬を「大衆薬」、「一般用医薬品」、「OTC薬」などといいます。OTCの意味は、“オーバー(O)・ザ(T)・カウンター(C)”で、患者がカウンター越しに薬剤師から直接説明を聞いて品物を受け取ることをいいます。これまでの OTC薬は間違って飲んでもそれほど危険なものはありませんでした。

2009年6月1日に法律が改正され、多くの新しい医薬品がOTC薬として追加されました。それらは、現在使われている医療用医薬品の中から、これまでに病院での治療に大きな実績があり、その上副作用の心配が少ない医薬品について、薬局やスーパーなどで処方箋なしでも購入できるようになりました。この様な薬を「スイッチOTC薬」といいます。スイッチとは、「医療用医薬品」から「一般用医薬品」(大衆薬)に切り替わったことを意味します。勿論、今回スイッチOTC薬になった薬は、病院でも今まで通り使われます。スイッチOTC薬自体の価格は、同じ成分でも病院で使われる医療用のそれよりも若干高く、薬局で買う場合には健康保険も適用されません。しかし、病院での診察料、検査料や処方せん料などは不要ですので、全体としては安く済む事が多いです。その上、効果も医療用と同じで、診察や調剤の待ち時間がかからない点で患者にとっては便利です。

スイッチOTCには、水虫の薬や、胃十二指腸潰瘍の薬でよく使われているH2ブロッカー(エッチツーブロッカー)(商品名:タガメット、ザンタック、ガスターほか)などが含まれています。H2ブロッカーは胃潰瘍の原因の一つと考えられている胃酸の過剰な分泌を抑えることから、長年にわたり病院では胃十二指腸潰瘍の優れた薬として使われています。これにより、早期の胃潰瘍では手術なしで治療することが出来るようになりました。
しかし、一つ問題があります。H2ブロッカーの場合、一錠に含まれる含有量は「医療用」よりは少ないですが、これを故意に、あるいは誤って数錠一回に飲んだら大変危険です。H2ブロッカーは腎臓からおしっこと一緒に体外に排泄されますので、高齢者など腎臓の働きが低下している患者では、多めに飲むと体内に蓄積し副作用がみられることが考えられます。H2ブロッカーのほかに、風邪薬の主成分であるアセトアミノフェン(パラセタモール)も、大量に飲むと重症の肝障害になります。今後は高コレステロール低下薬、高血圧や糖尿病、薬品もスイッチOTC化することが検討されています。

今回の薬事法改正により、OTC薬はその危険性の大小により、第一類、第二類、第三類の三種類に分類されました。第一類OTC医薬品は決められた量以上に飲むと重症の副作用が出る薬です。この中には、前述の「スイッチOTC薬」も含まれます。第一類医薬品は、一般の人が勝手に使うと副作用が懸念されますので、購入の場合は、薬剤師がその薬について十分に説明することが義務付けられています。これらの薬は原則として短期間に留め、重症の際や服用しても症状がよくならない場合は、直ちに医療機関を受診することをお勧めします。

今回の法律改正の大きな変更点として、薬剤師以外でも薬の販売ができる資格が新たにできたことです。それは、都道府県ごとに実施される試験に合格すると、「登録販売者」という資格が取得でき、第二類及び第三類OTC医薬品の販売ができます。第二類医薬品は、 第一類医薬品以外のもので、これまで、街のドラッグストア、コンビニなどで買うことができた薬の多くはこの分類に含まれます。これらの薬は薬剤師又は登録販売者が常駐する店舗のみで販売できます。この場合でも、販売者はできるだけ購入者へ内容、成分、その他注意事項を説明することになっています。

なお、上記の第一類医薬品と第二類医薬品については、店頭での対面販売を原則とするため、ネット販売はもとより、電話やメールで相談した上での通信販売や、緊急時に薬剤師等が消費者宅へ直接届ける形の販売等は禁止されています。ただし、これまで長年にわたり通信販売で購入し使用していた人や、離島の居住者で薬の販売店がなく通信販売に頼っている人は、暫定的に今後二年間はそのまま通信販売で購入し使用することが認められました。第三類OTC医薬品は、上記以外の一般用医薬品です。これらの医薬品については、購入者が特に希望しない限り、販売者は商品についての説明義務はありません。

OTC薬は約320品目あり、その中で第二類と第三類を合わせると、全体の約9割にあたります。今後は登録販売者が常駐するコンビニやスーパーなどで、第二類、第三類医薬品は24時間いつでも買うことができて大変便利になります。

最後に一言。薬はその使い方を間違うと大変危険です。多く飲んだからといって効果が大きくなるわけではありません。むしろ、効果は同じで副作用だけが強く出ますので、決して決められた量以上は飲まないで下さい。


第10話 熱中症の脅威

私は50年ほど前に札幌に住んでいたことがあります。当時は風呂付の家庭は少なく、ほとんどの家は銭湯へ行くのが普通でした。北国の2月は酷寒の真っただ中で、銭湯からの帰りにぶら下げたタオルは、一分も外を歩くと棒になりました。そんな北国での5年間の生活を終えて千葉に移りました。2月の房総半島は真黄色の菜の花のお花畑で、北国の暗い生活から抜け出した私にとっては、狭い島国の日本でこんなにも違うものかと驚かされました。

しかし、最近は事情が一変しています。2010年頃にそれまでにないほどの熱帯夜が長く続き、亜熱帯で栽培される果物が日本でもできるという異常気象になりました。この様な予期しない季節変動は多くの人々を「熱中症」という聞きなれない病気で死にまで追いやりました。「熱中症」とは「熱に中る(あたる)」の意味です。ちなみに、「毒に中る」ことを「中毒」と言います。総務省消防庁の発表によれば、2010年5月31日から8月29日までに、熱中症で入院した患者は46728人で、その半数は65歳以上です。また、不幸にも亡くなった方は158人にも達します。昔の「日射病」、「熱射病」と違い、「熱中症」は家の中でも頻発します。高齢者の場合、部屋の中にクーラーを備え付けてなかったり、あってもそこから出る人工の風を好まないので使わない人が結構多いのが原因の一つと言われています。

それでは、どうしてこんなに熱中症で多くの人が亡くなるのでしょうか。私どもの体は60兆個の細胞から出来ていて、身体の70パーセントは水分です。脱水状態になって水分が少なくなると、細胞の働きが低下し、ある限度を超えると細胞は死に至ります。脱水状態は細胞死につながるので死を意味します。特に高齢になると体の水分が少なくなり、若い頃のみずみずしさがなくなるので、少しの脱水でも非常に危険な状態になります。

私はかつて極度の脱水症状を経験したことがあります。フィリピンへ出張した時、帰国前日に不覚にも食中毒にかかり、ホテルの部屋で嘔吐、下痢を一晩中繰り返しました。翌日ふらふら状態で成田行きの飛行機に乗りました。脱水状態のため真っすぐ立つことができず、成田では搭乗員が用意してくれた車いすで空港の診療所へ直行しました。点滴を2本注射してもらってようやく正気に戻ることができました。医者の話では「あと数時間遅いと危なかった」との事で危うく一命を取り留めました。

脱水症状になると、水分とともに塩分も身体から流れ出ます。体内では塩分(ナトリウム)と水分は一緒に動くので、炎天下のスポーツなどで脱水状態になるとナトリウムも不足して血管が緩むことがあります。こんな時には水分補給とともに塩分の供給も必要です。それには0.2パーセントの食塩水がベストです。1リットルの水に2グラムの食塩を溶かして、それを200−300ミリリットル(コップ一杯程度)飲むと水分と共に必要な塩分も供給されます。スポーツドリンクの成分はほぼこれと同じくらいの塩分を含んでいます。 熱中症患者が病院に運ばれると、氷や扇風機で異常に上昇した体温を下げると共に、脱水症状を改善するために大量の点滴をします。点滴液の中には、細胞にとって必要な栄養分や塩分が含まれています。多くの患者はこの様な応急処置で元の状態に戻りますが、中には入院が必要な患者もいます。

ところで、皆さんは体温計の上限は何度かご存じですか。昔使われた水銀柱の体温計では42度以上は目盛りがありません。最近のデジタル体温計でも同じです。どうして42度なのでしょうか。その理由は、それ以上に体温が上がると多くの人は死ぬからです。健康な場合の身体の平熱は35−36度です。病気で41度まで上がると、意識がもうろうとし、身体の中の細胞も障害を受けます。更に42度が数時間続いたらもはや細胞の働きは止まり死亡します。何故か。それは、身体を支えている細胞の中のたんぱく質が固まって働かなくなるからです。逆に冬山などで体温が極端に下がったらどうなるか。33度以下では血液循環が悪くなって脳への血流が不完全になるため意識がもうろうとなり、幻聴があらわれます。冬山での遭難者にみられる現象です。27度以下になれば、脳死判定の一つである瞳孔の反射がなくなり、死亡する確率が高くなります。

体温は脳からの指令で常に35度前後にコントロールされています。真夏の暑いときには血管が拡張して熱を放散したり、汗をかいて同時に放散熱で身体を冷やします。逆に冬の寒いときには、血管は収縮し出来るだけ体温を逃がさない様に調節します。この様な微妙な調節はすべて脳の中にある体温調節中枢によって自動的に行われています。高齢者の場合、よく知られている様に加齢とともに記憶力が低下し、同時に脳の機能が全般に低下します。したがって、体温の自動調節機能も不完全になり、環境の温度の変化についていけなくなります。その結果、夏は極端に暑がり、冬はどうしようもなく寒く感じるのです。

「熱中症」は身体の限度を越えると突然悪化します。毎日続く猛暑を乗り切るには、日常の水分供給が必須です。高齢者は水分を増やすとトイレの回数が多くなるからといって嫌う人もいますが、トイレよりも病院へ担ぎ込まれない様に注意する事をお勧めします。

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